動画「#ActiveBystander=行動する傍観者」で日本に新たなアクションを広めたアルテイシアが、傍観者から脱する方法、日本の性教育問題、そして現代のフェミニズムの特徴を語る。
動画再生回数、270万超え
2020年10月にYouTubeで公開された動画「#ActiveBystander=行動する傍観者」の再生回数が、各種媒体での再生回数を合わせて270万を突破した(2021年6月時点)。動画を作成したのは、作家のアルテイシアと、性教育YouTuberのシオリーヌである。『59番目のプロポーズ』(2005)で作家デビューをしたアルテイシアは、『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』(2020)を始めとする爆笑エッセイを多数出版し、様々なウェブメディアではコラムの執筆も行っている。今年の6月には、「この世にはびこる呪いをぶちのめす言葉」がつめこまれたエッセイ『モヤる言葉、ヤバイ人』が発売され、8月には新刊『フェミニズムに出会って長生きしたくなった』の発売も予定されているほどの活躍ぶりだ。
動画公開から半年以上が経った今日、動画作成の発起人であり脚本を担当したアルテイシアは、どうすれば性暴力を駆逐できるのかを常に考えていたと話す。
「加害者でも被害者でもなく、マジョリティである傍観者に呼びかけることが必要だと思ったんです。それが、この動画を作ったきっかけでした」
行動する傍観者とは、被害が起きた時に、その場で被害者ケアのために介入をする第三者のことだ。動画の中では、道端で痴漢の被害者に「警察に行きますか?」と声をかける人や、セクハラ的発言に対して、その場に居合わせた第三者が「それはセクハラですよ」と注意をする場面などが見られる。

「動画を見た方々から、いくつもの感想をいただきました。女性からは『どの被害にも遭ったことのない人は一人もいないのでは』というような共感の声を、男性からは、『これからは周りを注意して見ていきたい』『自分にもできることがあるとわかった』という声をいただきました。あと、私の友人に柔道黒帯の男友達がいるのですが、『自分でも反撃されるのが怖くて、その場で犯人に注意するとかはできない、だからこの動画はすごく助かる』と言ってくれました。私も含めて、そういう人は多数派だと思います。だからこそ、『そういう人にでもできることはある』って伝えたかったんですよね」
SNSで「# 行動する傍観者」と検索しても、その結果の数は非常に少ない。Instagramでは、日本語(# 行動する傍観者)でそのハッシュタグを検索するとわずか6件のみの投稿が見つかるものの、英語(# ActiveBystander)で検索すると3000件近くの結果が出てくる(2021年7月時点)。アルテイシアは、この言葉をどこで知ったのだろうか。
「加害者でも被害者でもない、その場にいる第三者の助けは絶対に必要だとは以前から思っていたんです。そんな時に、通訳をしている友人が、英語にはActive Bystander(行動する傍観者)と、その反対であるPassive Bystander(行動しない傍観者)という言葉があると教えてくれて、なるほどと思いました」

被害の現場で、周りの人が傍観していると、自分も介入する必要はないと思ってしまう、「傍観者効果」というものもある。
「私の20代の友人が、駅を歩いていた時に通りかかった人にぶつかられて、すごく派手に倒れたみたいなんです。でも、誰も声をかけてくれなかったと言っていました。みんな、唖然としちゃって動けなかったりするんですよね。ただ、介入をすると言っても、加害者の行動を止めることだけが介入ではありません。その場に居合わせた人の小さな行動によって、被害者を助けることはできます。たとえ犯人がその場で捕まらなくても、『大丈夫ですか?』と声をかけるだけで、被害者は安心するし救われるんです。助けてくれる人がいるという安心感、社会に対する信頼があれば、被害者は助けを求められる。逆に、誰も助けてくれないんだと絶望してしまうと、『助けを求めても無駄だ』と一人で抱え込んで、他人に助けを求めなくなってしまいます」
性産業は巨大化、性教育は化石化
「性産業先進国」と言われる日本。しかし、同じ国で行われている性教育の内実は、今日においても男女別で異なる内容が教えられ、避妊具の使い方も実践的な練習は行われていない。
「世界にあるポルノのうち、6割は日本で作られているんですよね。しかも、子どもでも簡単にアクセスできてしまう。『おうち性教育はじめます』(2020)の著者の村瀬先生いわく、『現実とフィクションを見分ける力がつくのは、少なくとも10代後半から』だそうです。にもかかわらず、簡単にアクセスできてしまうアダルトコンテンツの中には『痴漢もの』や『レイプもの』と呼ばれるものも大量にあって、性暴力とセックスの区別がつかなくなるリスクがある。『男が痴漢になる理由』(2017)の著者である斉藤章佳さんと対談をした時に、『痴漢をする男性の中には、痴漢モノのAVを繰り返し見たことがキッカケになったという人は多い』と仰っていました」
世界では、人権尊重に基づいて、ジェンダー平等や多様性などについても学ぶ「包括的性教育」が注目され、ユネスコが発表している「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」にも取り入れられている。日本の性教育も包括的性教育にするべきだという声はあるものの、その兆しは未だ見えないままだ。
「他の国では、包括的性教育の成果が出ています。世界一進んだ性教育を行なっていると言われるオランダでは、初性交の年齢が高く、10代の出産中絶率も低いというデータが出ています。正しい性知識を教えることで、子どもを守れるようになるんです。対して日本では、『子どもに性知識を教えると性が乱れる』だとか、『寝た子を起こすな』と思考を停止させてしまっていて、国が子どもを守る気がないような印象を受けます。たとえ恋人同士でも、同意のない性交はレイプだという基本すら教えずに、『男には性欲があるから』と加害者を擁護して、『家に行った女が悪い』と被害者を責める風潮が強いですね。日本でも、ジェンダー教育系の授業が大学で人気になっていると聞きます。ただ、スウェーデンではジェンダー教育は保育園の時から始まっているんですよ」

アメリカの高校や大学では、行動する傍観者になるためのトレーニングプログラムやワークショップの実施が広がっている。そうしたプログラムの導入によって、性暴力の事件数が47%減った学校もあるという。
「ワークショップやトレーニングはもちろん必要だと思います。ただ、世界でも有名になるくらいに性教育が遅れている日本において、さらに高度な介入プログラムとなると、まだまだ先の話のような気もします。そうした取り組みが始まっているということは、その国の性教育がそれだけ進んでいるということですよね」
動画の中には、「性犯罪の加害者の95%以上が男性、被害者の90%以上が女性です」というテロップが出てくる。
「日本の性教育の遅れもあって、ほとんどの女性が、子どもの頃からなんらかの性被害に遭っています。そして女性が受けている被害の数が男性よりも圧倒的に多い時点で、ジェンダー間に意識のギャップが生まれるというのはある程度仕方がないと思っています。実際に経験するのとしないのとでは、大きな差があるので。例えば、ナンパって、されたらすごく怖いじゃないですか。でも、女性が男性に『ナンパをされた』と言うと、『モテ自慢か?』って思われることが多いと思う。でも、多くの女性はナンパの怖さを知っていますよね。ナンパを断ったら、殴る素振りをされた、階段から突き落とされた、といった声が寄せられます。私は、そうした意識のギャップを埋めるためには、やはり何が起きているのかを知ってもらうしかないなと。女性の現実を知ってほしいんですよね」
ほとんどの女性が、子どもの頃からなんらかの性被害に遭っています。
自身も女性として様々な被害を経験してきたアルテイシアは、今年の6月に発売されたエッセイ『モヤる言葉、ヤバイ人』に「20代の私は傷つく発言や不快な発言をされても、とっさに言い返せなかった」と記している。「その場では怒りやショックを飲みこんで笑顔で受け流すことが多かった」とも。
「被害を受けた人って、咄嗟に笑顔で返してしまう人が多いんですよね。『笑顔でかわせ』とか『女の子は愛想良く』って刷り込まれているので。ただ、そこで笑顔にならずに『は?』『どういう意味ですか?』って言ってしまってもいいと思います。『こいつはやめておこう』って思わせるためにも」
空気が読めない人になる
セクハラやパワハラの場面に自分が居合わせた時、加害者と自分の関係性によっては、やはり介入しにくいと感じる人は多いのではないだろうか。
「たとえば、飲み会で女性の肩を抱いてお酌させるのが取引先の社長だとしたら、それは注意するのが難しいと思います。そんな時は、『いや〜、御社の新商品は最高ですね!マーベラス‼︎』とか言いながら、間に割って入りたいですね。『進撃の巨人』のハンジさんのように、空気が読めない奴になりたい。あるいは、被害者の方に『体調悪いとか言って、帰っていいよ』って耳打ちするとかだったら、やりやすいんじゃないかな」
行動する傍観者になるために、加害者に話しかける必要はない。
「電車の中で痴漢が起きていたとして、『痴漢だ!』って言わなくても、その二人の間に黙って入ることはできるかもしれない。被害に遭っていそうな人に『あ、久しぶり!』って声をかけたり、『大丈夫ですか?』って書いてある文をスマホの画面で見せたりするのも手ですよね。また、被害に遭ってしまった人に『私にできることはある?』『辛いことがあったら話してね』って言うだけでも、救われた気持ちになると思います」
性被害に対する意識のギャップがジェンダー間に存在するものの、男性の声はやはり女性よりも届きやすい。アルテイシアは、少し悔しそうな表情を見せつつも、「それが現実だ」と熱をこめて話す。
「友人が、職場で上司に『今日も旦那と子作りするのか?(笑)』と言われた時に、男性の先輩が『それセクハラですよ』って注意したみたいなんです。そしたら、その上司の人はバツが悪そうな顔をして、その手の発言を控えるようになったと言っていました。ただ、その友人が、『悔しいけど、女の私が注意しても、怖いなあ(笑)と茶化された』とも言っていたんです。男尊女卑が染み付いてしまっていると、男性の話しか聞かない人もいます。太田啓子さんの著作である『これからの男の子たちへ』(2020)の中で、小学校教師である星野俊樹さんが、『差別などの問題では、特権をもたない側よりもつ側が声を上げた方が何倍も効力をもつ』と言っていました。『男性が、みずからの特権性や発言力を自覚した上で、それを良い方向に行使するということが大事』だと。男性の声は届きやすいという特権を自覚して、もっと積極的に声を上げてほしいですね」

(今年6月に発売されたエッセイ『モヤる言葉、ヤバイ人』)
出版界に見えるフェミニズムの波
今から15年前に作家となったアルテイシア。デビューしてからこれまで、作家として感じるフェミニズムの変化はあるのだろうか。
「当時は、今と比べるとフェミニズムをテーマに書籍を書くことはすごく難しかったです。フェミニズムを書きたいと言っても、『そんなの売れるわけがない』と言って、どこも書かせてもらえませんでした。でも今は、『フェミニズムについて書いてほしい』って依頼がくるほどです。2017年の# MeToo運動から、フェミニズムのコンテンツや書籍もヒットしたりして、私が生まれてから初めて見る現象ですよ。『フェミニズムの波が来ているな』って感じます」
フェミニズムは、時代とともに変化を遂げている。18世紀末に始まった第1波フェミニズム、60年代から始まり、ウーマンリブ運動も行われた第2波フェミニズム、ポストフェミニズムとも呼ばれた90年代からの第3波フェミニズムを経て、現在は第4波フェミニズムの時代だと言われている。2017年にアメリカでタラナ・バークによって始動され、日本にも広まった、# MeToo運動 がその始発点である。

「第4波フェミニズムって、SNSを使った新しいフェミニズムなんです。声を上げても直接殴られない場所ができたことは大きい。フェミニズムはバックラッシュの歴史だけど、今では匿名で発信することができるし、リツイートするだけでアクションになるんですよね。今回作った動画も、皆さんの拡散があってこそ、これだけの再生回数を突破することができました」
行動する傍観者についての動画は、日本語のものは特に、その量が少ない。海外では、大学を始めとする様々な教育機関が動画を公開しているところを見ると、日本語の動画として、その希少価値の高さを改めて感じる。
「この動画は、どんどん教材として、フリー素材として使ってくださいねと、SNSでも呼びかけています。教育現場でも、どんどん使ってほしいです。動画は、あえて教科書的にならないように配慮して〝リアルさ〟にこだわっています。現実を知ってもらうためには、
教科書的なものよりはドキュメンタリーのようなものがいいだろうと思ったんです。ステレオタイプを崩すような、リアルなものが。性被害って、加害者と被害者に対するステレオタイプがあるんですよね。露出度が高い人が被害を受ける、だとか。でも、実際は色んな人が加害者になって、色んな人が被害者になっている。ステレオタイプを崩したかったので、動画には色んなタイプの人が加害者・被害者として登場してくるようにしています。あとは、女性が日常的に加害されている経験を男性に知ってほしい、と思っていたので、主人公をあえて男性にしました」
性教育の問題や性犯罪の数といった、二日や三日では解決のできない問題が社会を悩ませる中で、アルテイシアは〝今すぐにでもできること〟を提案する。社会全体を一気に変えるのではなく、まずは目の前にいる被害者に手を差し伸べることから。行動する傍観者が増えれば、性暴力をしづらい社会に変えていけるのではないだろうか。
アルテイシア
作家。神戸生まれ。オタク格闘家との出会いから結婚までを綴った『59番目のプロポーズ』で作家デビュー。その他、『オクテ女子のための恋愛基礎講座』『アルテイシア夜の女子会』『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった』『離婚しそうな私が結婚を続けている29の理由』『モやる言葉、ヤバイ人』『フェミニズムに出会って長生きしたくなった』など多数。Twitter:@artesia59
Comments