top of page
  • 執筆者の写真なつみ

多様性の皮を剥ぎ取る一冊。朝井リョウ『正欲』




「感動した」とか、「心を揺さぶられた」とか、あるいは、「つまらなかった」とか。世の中には、人それぞれの様々な評価がつけられた創作物が数えきれないほどあります。そんな中で、ライティングチームのメンバーがめぐり逢い、どうか一人でも多くの人に届けたいと思った「これは…!」というものを、思い思いのスタイルで紹介していきます。私たちが紹介する創作物との出会いが、多くの人の人生を豊かにすることを願って…



 

―――自分が想像できる〝多様性〟だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃきもちいいよな―――

 どん、と、心臓が跳ねた気がした。〝多様性〟〝自分らしく〟〝一人ひとりが生き生きと〟 そんな言葉を口にしたことが何度も、ある。真っ向から向かってくる、棘すら感じる言葉の意味を知りたくて、怖いけれど手に取った。


 今回取り上げるのは、朝井リョウの小説『正欲』。悩んで、迷ってしまう本だった。一人で抱えるのが苦しいので、一人でも多くの人と一緒に悩みたい。これが紹介する理由だ。

 


 検察官の寺井啓喜。寝具店に勤める桐生夏月。学祭実行委員の神戸八重子。食品メーカーに勤める佐々木佳道。ダンスサークルに所属する諸橋大也。本書は登場人物それぞれの立場が交錯しながら描かれていく。

 

 読んでいくうちに、一人一人があまりにも異なっていることを実感する。一人の考え方に対する、他の人。ある人物に共感し、これは私なのだろうか、と思いつつ、別の視点に立てば他の人を苦しめている可能性を感じて、ぞっとすることもあった。

 

 例えば、八重子が提案した学祭のテーマは「繋がり」。生理の悩みを共有できて救われる経験をし、思いついた。「うちの大学にもきっと、誰にも言えない状況で悩んでる人っていっぱいいる」。「そんな人たちが、今日の私みたいに、その悩みについて話せる人と繋がれたら」。まだ自分の奥底にある癒えない経験だって、いつか話すことができるのだろうかと考えるのだ。

 

 そんな繋がりを拒絶するのが夏月だ。人間は「修学旅行の夜」のように、秘密や悩みを勝手に差し出して、勝手に繋がり自分を巻き込んでいく。「普通の人間ではないことを誰かに怪しまれないように徹底して過ごしてきた」。夏月は、何に好意を抱くか、何に興奮するか、それを隠し続けることを自身に強いてきたのだ。

 

 実現されつつあるはずの、〝多様性〟。夏月の目線に立つと、それがあまりにも一部の人間にとって都合の良いものだと実感する。作中に出てくる「あらゆる人の生きづらさに寄り添うドラマ」にすら夏月は含まれない。

 

 「安易に手を差し伸べた人間から順に殺してやりたい」。そう思う夏月はどれほど''多様性"に苦しめられてきたのだろうか。それでも「本当は、」と佳道に吐露する場面で私は、このひとたちのことを、どう受け取ったらいいのかわからなくなる。

 安易な繋がりを拒絶し続けてきた夏月だが、同じく「特殊性癖」を隠し続けてきた佳道とは繋がりを持つことができた。偶然出会えなかったら死を選んでいたかもしれない二人。「その人が生きている世界なら自分も生きていけるのかもしれないと、そう信じられる瞬間が確かにある」から、生きていられるのだ。二人の切実な関係を見ると、どうしても八重子の学祭のテーマが浮かぶ。

 

 また、〝同じ〟で繋がった夏月と佳道の関係とは異なるのが、八重子と大也だ。冒頭の言葉―――自分が想像できる〝多様性〟だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃきもちいいよな―――は、本書終盤の八重子と大也の言い合いのシーンで、大也が発したもの。他者を理解したい八重子と、理解されることを拒む大也は相いれない。


大也の言葉は鋭くて、読者も八重子も、大也自身ですら削いであらわにする。



「どんな人間だって自由に生きられる世界を! ただしマジでヤバイ奴は除く」


「理解がありますって何だよ。お前らが理解してたってしてなくったって、俺は変わらずここにいる。そもそもわかってもらいたいなんて思ってないんだよ、俺は」


大也の強い拒絶をなおもこじ開けようとする、八重子が苦しい。それでも、大也をほどこうとする、苦しくて、まっすぐな八重子の言葉を信じたい。最後の二人のやりとりをどうか見届けてほしい。

 

 こんな多様性でいいのか。当たり前になっている〝性的なこと〟で計っていいのか。搾取ってなんなのか。想像をやすやすと超えていく現実にどう向き合っていけばいいのか。問いの止まない『正欲』。うまく紹介できた気はしないけれど、読んでみて…に尽きる一冊だ。買うのははばかられるな、という方、貸すので言ってね。感想を話し合いませんか。



 


追記


明治支部のなつはなに『正欲』を貸して、感想について話し合ってみたよ!それについての記事はまた後日出す予定です。お楽しみに!













閲覧数:208回0件のコメント
bottom of page