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『夢は夜ひらく』から、「自分」を生きることを考える

執筆者の写真: KanaKana


「感動した」とか、「心を揺さぶられた」とか、あるいは、「つまらなかった」とか。世の中には、人それぞれの様々な評価がつけられた創作物が数えきれないほどあります。そんな中で、ライティングチームのメンバーがめぐり逢い、どうか一人でも多くの人に届けたいと思った「これは…!」というものを、思い思いのスタイルで紹介していきます。私たちが紹介する創作物との出会いが、多くの人の人生を豊かにすることを願って…




 


作品のタイトルヤマシタトモコ『夢は夜ひらく』(『YES IT'S ME』収録、2009)


ジャンルセクシュアリティー


だから、一生語りたい

誰だって、なりたい自分になっていい。自分のありのままの姿に自信を持っていい。

そんなメッセージが込められたこのストーリーは、短いながらも、見る人に対して、多くの気づきを与えてくれる作品だ。

自分らしく生きることにふと自信を失ってしまったとき、あるいは、自分らしく生きるって何だろう?と疑問を抱いたとき、ぜひこのマンガを開いてみてほしい。



あらすじと、自分の考えたこと



「あたし、本当は元々男なの」という、ある登場人物のカムアウトから物語は始まる。


偶然この場に居合わせた主人公の刀根と三崎は、このカムアウトに返されたえーでもじゃあ昔は男の子だったの?で男が好きなんでしょ?ヤダー禁断のーみたいなー?…整形とか怖くない?ちょっとどうかと思うなー」という衝撃的な発言を耳にした。


そんなシーンから始まるこの作品では、化粧品の接客の仕事をする刀根と三崎を中心にストーリーが展開していく。刀根は、化粧を施すのが好き。化粧が似合う人になりたい、また、男性に好かれたいという理由で、女性になりたいと思っているゲイの男性。


対する三崎も、化粧を施すのが好きで、そのボーイッシュな雰囲気から女性に好かれることが多かったシスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と、自認する性別が同じ)の女性。


冒頭のシーンに戻るが、カムアウトをした女性は、ショッキングな返事に呆然としその場から立ち去ろうとする。しかし、居合わせた三崎が引き止め、彼女に最もマッチする化粧をさせてほしいと申し出た。



「…美しくなりたいという意志は誰にでもあるもので それは自由なものです。」



別のシーンでは、刀根と三崎の接客中、刀根の元カレが女性を連れて化粧品売り場にやってくる。

聞けば、その女性は奥さんだという。元カレは刀根に対し、昔付き合っていた関係にもかかわらず、ゲイである刀根を批判するような心ない言葉を浴びせた。


「なんだおまえ 久々に会ったらオカマみてぇな仕事してんな」


また、奥さんがカウンターで化粧を施されるときには、女性である三崎をわざわざ指名するなど、ゲイを毛嫌いするような態度を露骨に示した。


「いいかげんそうゆうのやめて真面目に女とつき合うってのをさ… だって当然いずれ結婚しなきゃなんだしさ」


いくら今は状況が異なるとはいえ、昔は大切に想っていた人じゃないのか?!と耳を疑うような発言を連発した。


元カレに言い返すこともせず、そっとうなだれる刀根。

帰宅してからは、今付き合っているカレに、好きな化粧を施すことで気を紛らわせた。


そんな刀根に対し、ストーリーの終盤で三崎がこのような言葉をかける。



「…女とか男なんてなくなっちゃえばいいのにね ややこしくって悲しいばっかだよ」



抱えているものは少しずつ異なる刀根と三崎だが、世間が人々を押し込めようとする見えない“枠”に苦しみ、日々もがいているという点で、互いを理解し合える仲間だった。



「一度なっちゃえばいいよ女の子に でも男だケド そういう刀根さんもまとめて好きになってくれる男の人に好いてもらえれば それが一番いいじゃん」



☆ ☆ ☆


結局大事なことは、ありたい自分のことをそのまま認めてもらえること。そのメッセージを一貫して伝え、この物語は幕を閉じる。


世間の目を気にしすぎて、いつの間にか、自分らしさを押し殺していってしまう。しかし、「自分」を生きるだけなのに、なぜ世間の目を気にしなくてはならないのだろうか。そもそも、世間とは何なのだろうか。ひとりきりになった時にでも、自分の心に問いかけてみたい。「今の自分は、心から、やりたいことをやって、自分らしく生きているか?」


気づかぬうちに染み込んでくる世間の声を振り払って、丸裸にした自分の心の声を、大事にして生きてもよいのではないだろうか…。


☆ ☆ ☆



全体を通しての感想+最後にひと言:


何気ないその言葉は、人を傷つける刃にも、奮い立たせる希望の光にもなりうる。

このマンガで様々な言葉が交わされるたびに、自分がその立場だったら、あの立場だったらどう考えるだろう…と思いを馳せた。

「これが正解だ」ということをびしっと示す作品ではない。ただ、自分が生きている社会、同じ時間を過ごす人の中には、様々な価値観を持つ人がいるのだ、ということを心に常においておくきっかけとなるのではないかと思う。

10年以上前(2009)に発売された本ではあるが、このストーリーの中で発されるような心無い言葉は、今でも耳にするのではないだろうか。これからさらに10年経った時には、「まだ普通にあるよねこういうの」ではなく、「こんな時代もあったの…!?」とみんなが口をそろえるような時代になっていてほしい。

気づかぬうちに、見えない枠にはめられていないか、もしくはほかの誰かをはめてしまってはいないか。今までの自分を振り返る際の糸口ともなる作品だと思うので、何度も読み返したいと思う。



ヤマシタトモコさんについて:


1981年5月9日生まれ。2005年に漫画家としてデビュー。

その後、講談社『アフタヌーン』主催の四季賞にて夏・四季賞を受賞する。

2019年には『違国日記』がマンガ大賞4位に入賞した。

2021年、『さんかく窓の外側は夜』が実写映画化される。


<主な作品>

・『くいもの処 明楽』(2007)

・『HER』(2010)

・『BUTTER!!!』(2010~)

・『サタニック・スイート』(2012)

・『違国日記』シリーズ(2017~)

・『さんかく窓の外側は夜』(2021年映画化)



参考資料:


「ヤマシタトモコ全作品リスト」libre、https://libre-inc.co.jp/special/yamashita_world/list.html、2021年6月17日アクセス

「ヤマシタトモコのおすすめランキング」Booklog、https://booklog.jp/author/%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%82%BF%E3%83%88%E3%83%A2%E3%82%B3、2021年6月17日アクセス

「映画『さんかく窓の外側は夜』2021映画「さんかく窓の外側は夜」製作委員会、

https://movies.shochiku.co.jp/sankakumado/、2021年6月17日アクセス












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