
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から、3か月が経過した。
市民・軍人にかかわらず、多くの人の命を奪い、ウクライナで暮らす人々の生活を脅かし、破壊し続けてきたこの戦争は、果たして誰のための、何を目的としたものなのだろうか。
世界中が不安と恐怖にさいなまれるなかで、私は、「この戦争をロシアの人々はどう見ているのか?なぜ、これほど被害が出ていても、反発の声が内側から上がっているように思えないのか?」と疑問を抱いた。
調べていくうちに明らかになったのは、「ロシア国内でのこの戦争に関する報道は、日本など外国での報道とかけ離れていること」、「ロシアでの言論統制の実態」、さらには「国外にいるロシア人が、戦争を非難することが難しくなっている現状」などだ。
この記事では、それぞれの具体的な事例を見ていく。
2022年2月24日、ロシアのプーチン大統領は「ウクライナの非武装化と非ナチ化」を目的に、“特別軍事作戦”という名のもと、ウクライナ東部への攻撃を開始した。
世界各国のメディアが一斉に、ロシアが一方的な軍事侵攻を始めたと報じ、その後も、戦況や被害を受けたウクライナの都市の様子を伝え続けてきた。
しかし、その日から今日(6月11日)に至るまで、ロシアでは政府も、その支配下にある報道機関も、「侵攻」や「戦争」という言葉を公で用いたことはほとんどない。
それどころか、この攻撃は軍事インフラを標的にした“ウクライナの非軍事化作戦”であるとし、戦争を正当化するような報道を行っている。戦争当初の「ウクライナが、女性や子ども、高齢者らを人間の盾にしている」というプーチン氏の発言や、“都市への爆撃はウクライナが自分たちで行った”という報道などは、その最たるものではないだろうか。
このような“政府によって操作された”報道に、ロシアの多くの人々が触れてきた。
ロシアの独立系の世論調査機関「レヴァダセンター」が4月に行った調査において、この戦争を支持する人は7割を超え、国内での報道が、いかに人々の考えのベースとなっているかがうかがえる。ただ、この調査で「ウクライナ情勢を懸念している」と答えた人は8割を超え、実際に何が起こっているか分からない不安を抱えている人が多いことも、またわかる。
ロシア国内での、抗議の動き
ここからは、前述したような偏った報道に触れながらも、ロシアで声を上げてきた人たちのことと、その後彼らに何が起こったのかを見ていきたい。
この戦争が始まった日、ロシアの60以上の都市でデモが行われた。モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市では、数千人が参加したとも言われている。その日から今日までに、どれほどの数の人がデモに参加したのかははっきりと明らかになっていない。だが、ロシアでの政治的迫害を専門とする、独立したロシアの人権メディア「OVD-Info」によると、これまでに国内で拘束された人の数は15000人を超えている。
2012年にプーチン氏が再び大統領になってから、政府は人々の統制を徐々に強め、選挙不正や汚職などに対する抗議デモがあるたびに参加者を拘束してきたのだが、今回の反戦デモは特に厳しく取り締まった。
毎日、数千人単位で参加者が拘束されたが、それでも反戦デモは続けられた。2月末には、デモを大規模に組織しようとする人たちも現れ始めた。
しかし、3月4日の法改正をきっかけに、デモは徐々に小規模になっていく。この法改正により、ロシア軍の“虚偽情報”を拡散したり、軍の信用を失墜させるような情報を流したりすることが取り締まられることになったのだ。つまり、反戦を訴えること自体が法に触れる行為と見なされ、デモへの参加で拘束される可能性が、より高くなってしまったのだ。
日に日にデモに参加する人は減少し、拘束される人の数も減っていった。ロシア軍によるウクライナ各地への攻撃はますます激化し、収束は遠のくばかりだった。
反戦の活動が抑圧される状況下でも、国内で声を上げ続けてきた活動家のなかには、親政府派とみられる者たちからの嫌がらせや、住居の破壊行為といった被害に遭っている人もいる。そのうえ、政府がフェイクとした情報を流し逮捕されると、15年の禁固刑が課されることになっており、常に危険と隣り合わせで彼らは情報発信をしている。
戦争が始まってから、「ロシア人は悪い」「ロシア語を見たくない」などの声が聞かれ、実際に、日本に住んでいるロシア人が、誹謗中傷や理不尽な扱いを受けた事例もある。
だが前述したように、ロシア国内に、拘束されるかもしれないリスクを背負いながら、この戦争に対し声を上げている人は存在する。
これまでの、軍によるウクライナ各地への攻撃や残虐な行為は断じて許されないが、人々が「ロシア人は皆悪い」と決めつけてしまうことは、彼らのような反戦派の存在をますます見えにくくし、戦争の泥沼化へと繋がってしまうのではないかと私は危惧する。
ロシア国外での抗議の動きと、その後
さて、ここまではロシア国内での抗議の動きについて見てきたが、国外にいるロシア人はこの戦争をどう受け止め、行動しているのだろうか。
侵攻直後から今まで、日本に住むロシア人が様々なやり方で抗議の声を上げているのを目にした。街頭でのデモや、動画配信サービスを通じたインターネット上での情報発信など、ロシア国内の事情、ウクライナとロシアとの関係などに通じる彼らの意見はどれも説得力があり、そこから多くのことを学んだ。
しかし今、彼らがそのように声を上げて抗議をしたり、情報発信をしたりすることにも、統制の影が忍び寄っている。
3月下旬に、プーチン大統領は新たな法律に署名した。内容は、「国外で働くロシア人が、ロシア軍や国家機関に関するフェイク情報を拡散した場合、懲役刑を課す」(YouTubeチャンネル「ピロシキーズ」の小原ブラスさんの和訳)というもので、これは実質、“国外にいるロシア人が戦争反対を訴えることは違法だ”と言っているのと同じことと考えられる。
たとえ今現在は、ロシア国外にいるために抗議の声を上げられるとしても、もし今後ロシアに入国した場合に逮捕される可能性があるということは、間接的に、彼らが抗議する自由を制限しているのではないだろうか。
国内外を問わず、戦争に抗議するロシア人の声は、政府によって抑えられている、あるいは抑えられようとしていることが分かった。
また、戦地ウクライナの状況は日々悪化する一方であるにもかかわらず、政府によって操作された報道や、その他の諸原因により、ロシアで侵攻を支持する人が今も一定数存在することも明らかになった。
この戦争は、ウクライナの人々の暮らしを破壊するだけでなく、命をも無慈悲に奪い続けてきた。さらには、それに反対し抗議の声を上げる自由すらも制限し、ますます状況を深刻化させている。
「正しい情報を得て、それを踏まえて具体的な行動をとる(意見を言う・抗議するなど)」ということが、どれほど重要で、軽んじられてはいけないことか。
普段の生活の中で、日本人が特に意識せずとも得られているその「権利」は、世界共通の当たり前ではないということを、今回、改めて強く認識した。
この戦争と、反対を力で押さえつけるロシア政府のやり方に強く抗議するとともに、言論の自由の意義を改めて問い直したい。
そして、この戦争が一刻も早く終結し、同じようなことが世界で二度と起こらないことを願ってやまない。
参考資料
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